やめないことによって何が出来るのか。インプットを行い、ログを取り、アウトプットをし、その先に何があるのか。さてさて、<やめない人たち>とかけまして…
@beck1240くんの増刷記念パーティで頂いたので、ありがたく読ませて頂き書評を書きました。
この本で目的にしているのは、わからない人がなんなのかというのを明らかにしようという試みだけれども、実はタイトルからしてわからない(笑)
だって、ネットで成功しているというのは、そもそも何を指しているのか。ネットである程度稼いでいる人なのか、ネットで有名な人なのか。どちらかというと、「やめない人たち」は想像に難くなくて、成功している人たちがどういう人であるのかに興味があって、この本を読みたいと思っていた。
読み終えての結論としては、ネットで成功している人は、ネットに住み着いている人なのだという事だ。それは棲むと表現すると、ちょっと違う。何もそんなに噛り付いている訳ではない。過去の栄誉にぶら下がっている訳でもない。淡々と生存している。その人の場所があって、ただそこにいるだけという印象を受ける。
これはやめない人たちという表現と変わらないかもしれない。しかし、行動とその結果であるという相違があるように思う。それは、あの時のあのコンテンツを提供した過去の人が並んでいる訳ではないから。もしくはその人の発言には価値があると、一定の評価を受けるという結果になっているから。
居場所の確保と解きます
データを解析するに当たっては、どの項目が多い少ない、集中しているのかという解析の仕方と、ある項目がどう変化していったのかという解析の仕方があると思います。このアンケートは一回しか行っていないので、変化を読み取るのは難しいと思います。けれども、対象者は10年以上の長い人も最近の人もいます。その差異から見えるもの、またはいしたにさんによるインタビューから見えるものがあって、このアンケートが単なる情報の集積に終わっていないのだと思います。
さらにはいしたにさん自体の経験が、この解析に深みを増しているのだと思います。自身の活動を蓄積させてきたからこそであると思うのです。
少しネタばらし的な事ですが、この本ではログを取ることの意義が書かれています。ここで言われているログとは、単に事象の羅列ではなく、その人の行動とそれに伴う結果から視える一連の流れだと思えます。点でも線でもなく、始点と終点が明確でないから、流れには多面性があり、方向性と勢いを持ち得て、色付いて知覚出来るのだと思います。
これ故に、その人の源流を知りたいと思い、可能性を見据えたいと思うのかもしれません。だからこそ、過去の栄光という捉え方ではなく、居場所を確保しているとして、ネットでの成功を捉えたくなります。
その心はストリーム作り
<やめない人たち>の行動は、川の流れの様に、最終的な到達点が決まっているのではないと思います。重力に身を委ねて、障害物があれば迂回して、進んで行く様に見えます。それを周りから見てしまえば、「よくわからない」とされても不思議はありません。本人の意思を頑なに通していると見える訳でもないのですから。
最後に、ネットだけに限らず、「やめない」という表現が一番適していると言わざるを得ません。やはり何もかもが情報として認識しなければいけない社会であると思えないからです。過去に遡り、人に見せる形になければ、ログとは言いがたいかもしれませんが、人は誰しもいつ何時も情報を垂れ流しているものです。
それを確かな形で残すことをやめないかやめるかの違いがあるだけに思うのです。言ってしまえば、家系図も同じようなものですし。どんな情報もそれだけでは意味をなさず、連綿と受け継がれていくことで価値が出てくるのでしょう。
このブログも情報発信ではなく、余りにも私の主観を述べるだけになっています。それでもやめないでいることで、私の根底に流れる物がいつかみなさんのお役に立つことがあればと思っています。
最後に
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