そんなに影響ありますか? へー、自分らって「ミニマムライフ世代」と呼ばれていたのか。初めて知りました。 日本の人口1億2千万人のうち、1150万人を指して何を言うのだろうかと思えば。 竹中 よい例が、「自動車の販売台数」

そんなに影響ありますか?

へー、自分らって「ミニマムライフ世代」と呼ばれていたのか。初めて知りました。
日本の人口1億2千万人のうち、1150万人を指して何を言うのだろうかと思えば。

竹中 よい例が、「自動車の販売台数」です。ここ数年間で、新車、中古車とも目に見えて販売数が落ちて来ています。それに伴い、自動車雑誌も売れなくなりました。これは人口減少や都心回帰の影響もありますが、ミニマム世代の消費動向も少なからず反映されているはずです。

自動車だけでなく、消費者がお酒を買えば行政の収入になる「酒税」も、この5年間で2割近く、15%も減少しています。もちろん、発泡酒などの税金が安いお酒の需要が増えている影響もありますが、やはりミニマムライフ世代の影響は無視できないでしょう。
消費しない20代が日本を滅ぼす!? 若者はサクセスストーリーを経験して積極的になれ!

自動車の販売において排気ガスの規制や高速道路代の値上がりなどの影響は無視できないと思う。酒税に対する影響は何も消費の抑止だけに限らず、社会的な抑止力もあるのではなかろうか。つまりは飲酒運転禁止などで、飲酒に対する否定的な見解が強まったなど。

竹中 先ほど言ったように、この世代が小学生のときにバブルが崩壊して、大学の就職活動の時期には超就職氷河期でした。本当に「受難の世代」であったことは事実です。そのため、将来に対するリスクを過大に見積もる傾向がある。これは特に主観的なリスクなので、消費を抑えて将来に備えて貯蓄しようという動きが出てきます。
消費しない20代が日本を滅ぼす!? 若者はサクセスストーリーを経験して積極的になれ!

将来に対するリスクというのは、どの世代も一様に感じていると思う。ただそれに対する備えがないのが20代だからそういう動きが過剰に見える傾向にあるだけでは。

使うことに対する喜びがないなんてあり得ない。で、なんで「世の中」のために使う必要があるのか。生きるのに精一杯なので、あなたたちが使ってください。

こんな時代ですからね。

上のリンクは@Busideaさんの「【社会】名無しの世代ですら、社⇄会を信頼していないという(今更過ぎる)話」というエントリーにあったものです。よくピンポイントで言いにきたものだという感じです。私個人は、丁度氷河期の最後の時に就職したので幾分難は逃れられるんじゃないかという期待感は周りにもありました。とはいっても、個人的な問題により失敗とはいかないまでも端から見ればそんなによくない就職をしたともいえます。それが今の自分の首を絞めているかというとそういうわけでもないし、自分自身の責任ではあるとは思います。回りも就職したときはいいところに入ったなぁと羨ましかったものの、今の状況を聞くとお互いにそれなりに苦労しているという印象は受けます。

それに、若者から無理して搾り取るんではなくて、タンスの奥から引っ張り出してきたほうが、よほど金額としては大きくなると思いますよ。本当に、ええ。
【社会】名無しの世代ですら、社⇄会を信頼していないという(今更過ぎる)話

例えばの話し、一人当たりの貯蓄を平均5000万円と換算すると、相続税は基礎控除額を引いたりなんだりでも500万円以上になるだろうか。とすると実質の税率は10%は超えてくるので、消費税や所得税として取るより割高になる。であれば、今は散財せずに「子や孫のため」に貯めておいてくれた方が税収としてはいいってことか。貯蓄が2000万円以下の場合などは相続税の適用外になることもあるが、それはそれで後々つかってくれればいいという算段だろうか。

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生産年齢人口 とは – コトバンク
この生産年齢人口の推移から判断して、その分布においては少なくともまだまだ「第2次ベビーブーマー」ないしは「団塊ジュニア」と呼ばれる世代がGDPを担っていくと思われる。なのになぜに20代に過剰な期待を寄せるのだろうか。それは自分たちはバブルにより日本経済の発展に既に寄与したのだから、後はあなたたちが頑張りなさいよとでもたすきを渡しているつもりなのだろうか。この年代においては少なくとも小学生程度の子供がいる可能性は高いので消費傾向は強いのではないだろうか。それとも逆に守りに入っているのだろうか。そこをもっと安心して消費できる社会にすればいいのに。

夢を見ませんか?

夢を見たくない人などいないと思います。でも、今は「夢が見れない」時代だということです。それを「夢を見ない」とすり替え、あまつさえは「金を使わない」という話を「夢を見ない」からという理由で覆い尽くすのは全くもって我慢ならない。何の方法も提示せずに、さも自分たちは出来たかのように振舞い、同じようにすることを求めるというのはいささか妙ではないのだろうか。この大変な時代に生きているのはどの世代とて一緒のことで、それをなすり付けて自分らはフェードアウトしましょうかねというような態度をとってもらっちゃ困るんだよ。少なくともその偉そうにふんぞり返れる椅子に座っているのはそちらさんなのだから。

でもね、こちとら「夢を見ます」よ。それは「金を使う」ってことじゃないですよ。純粋に「夢を見る」ことをさせて頂きますよ。そちらの都合で決められたものに対して、はいはいと素直にうなづくつもりなどさらさらありはしませんよ。夢を見なかったことで死ぬときに後悔するのは、自分なのだから。そのとき、あーだこーだ言ってた人たちはとっくに墓の下で骨になっちゃっているんだから、慰めてもくれはしない。やりたいこと、好きなことを出来ないのなんて癪じゃないか。本当にやりたいのか、好きなのか、自分を疑いたくなりすらする。いいんだよ、途中で終わったって。そこに向かって走っていたのには変わりないし、自分を曲げるようなことはしていない。後は誰かが同じ道をたどってくれることもあるかもしれない。結局、「夢半ばで死ぬか、夢見ずに死ぬか」の2通りしかありはしない。いい夢は自分だけの満足で終わるものじゃない。他の人にも同じように夢を見させてあげれるもののはずだから。そういう夢は終わらない。だけども、自分の体は朽ちてしまうから、どうしても半ばで死ぬしかない。そうじゃなければ、夢に対して妥協していくしかない。さぁ、どちらが望ましいのか。どちらを選ぶのか。

このどちらにも振り分けられることをよしとせず、ひたすら「当たり前の生活をしたい」と求める人々は、だからこそ貯蓄に走り、こじんまりと生活し、代わりにできる限りの自己実現を図る。充足するのにお金がかかる”物”ではなく、維持費用のかからない”心”を大切にする。大きくなる見通しの持てない身の丈に合った、賢い選択をしているだけです。
【社会】名無しの世代ですら、社⇄会を信頼していないという(今更過ぎる)話

僕らは節約、節約とそこに走っているかもしれないけれども、心まで小さくはしてはいけないと思う。いや、小さくはないのか、でも研ぎ澄まされて硬い印象を受けるときもある。やけに大人びて見えていたり、有体に言うと老けて見えていたり。それがこの時代を生き延びる術だけれども。まるで何かの種子が水や栄養が足りないからと硬く閉ざしているかのように。いったい芽吹くのはいつなのだろうか。待てど暮らせど、来やしないのだろうか。でも、芽吹くのは時期尚早だとしても、土の下では竹の根のようにお互いのネットワークを作っておくのはどうなのだろうか。いつか押さえ付ける蓋が無くなったときも、僕らは戦々恐々としていなければいけないのだろうか。その大切にしてきたみんなの”心”がいつの日か爆発していい時がくるんじゃないかな。

最後に

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